バーチャル・アシスト オープンしました

■忙しい人向け→【朗読バージョン】■

ん?ここの雰囲気、前と少し違う感じがするね。

どこか変えた?

ええ、部屋をちょっと模様替えして、ついでに母屋(おもや)を新しく建てました!

はい、部屋は私のブログ。

母屋はアシストのホームページです。

↓ 4年近く住んだ部屋とお別れしました

売ってるのに持ってない

実は…今までアシストにはホームページがありませんでした。

私のブログサイトに1ページだけ会社案内的記事を載せていましたけどね。そこはあくまで私の個人的な部屋。

お客様にホームページ作成サービスを販売してる会社なのに、自社のホームページが無いなんて…正直なところちょっと後ろめたかったです。

ホームページを持ちたい。でも今は持たない。いや、持ちたくないというのが本音。

理由は、スペックだけ伝えるホームページなら無くてもいいと思ったから。

アシストの住所や電話番号、経路や地図ならホームページが無くてもググれば表示されるでしょ?そこに業務内容や取扱商品を載せたとしても、それだけじゃアシストを伝えられない。

アシストはこんな事を相談出来る会社です

アシストにはこんな人が居ます

アシストの日常はこんな感じですって。

アシストの「仕事」と「人」と「日常」の今を伝えつつ、変わってゆく過程が見える場にしたい。

ただ…日頃お客様と接している社員は忙しいし、ネット上に自分の姿や言葉を出したがらない。だとすると、伝えることが出来るのは私一人。とにかくまずは私が一人で動くしかない。

ホームページを持つ前に、私がフェイスブックやブログで伝えよう。そう考えて一人で発信を始めたんですけど…

『何かさー、浅野さん一人が空回りしているように見えるよ』

何人かの友達にそう言われちゃいました。

↓ Facebookは2011年3月からスタート

欲しかったのは人の気配

私がホームページに一番欲しかったのは、社長である私を含めてアシストで働く人の気配

ホームページは会社案内的なものじゃなく、もう一つの生きてるアシスト(←伝わってますか?)にしたかったんです。つまり…バーチャル・アシスト(笑)ネット上にあって、そこに人気(ひとけ)が感じられて、こんにちは〜って訪ねたくなるような場所。

それを実現する為には、ホームページの中に私一人の姿しか見えないんじゃダメなんです。ネット上に自分の姿や言葉を出してくれる社員、私と一緒にSNSで交流できる社員が一人は居ないと…

社員の中にそんな人が出てこないかなぁ。出るといいなぁ。私やります!って手を挙げてくれないかぁと常に淡い期待を持ってました。だからと言って『来月からSNSでの発信をしてもらいます。これは社命です!』なんて言いませんよ。だって…SNSはコミュニケーションでしょ?コミュニケーションしてよ!って強要されて、話が弾むワケがない。そんな楽しくないこと、私自身がやりたくないですもん。

↓ 連絡の為だけに使う人もも含めて、Facebook登録はほぼ全員

誰となら一緒に作れるか

そんな私の要望、数年来の心の軌跡、言葉でうまく伝えられないニュアンスを感じてくれる人と一緒にホームページを作りたい。その輪の中に、いい意味で社員を巻き込みたいと願っていたら…居ました!それも身近に。

白藤 沙織(しらふじ さおり)さん。ニックネーム さおりん (@writersakko )です。

さおりんと私はエクスマ塾の同期生。しかも、59期、65期と2回入塾して、2回とも同期生になるという縁ある人。お互いに価値観が近いしエクスマという共通語を持ってる。さおりんの仕事ぶりはSNSを通じて知っていたし、さおりんも私の現状を少なからず知っている。

さおりんの本業はWEB屋。彼女と一緒に作らないで一体誰と一緒に作るっていうの?!

自分の膝をぽん!と叩きはしませんでしたけどね(笑)なんで今ままで気づかなかったんだろうっていう感じでした。

↓ さおりんと

そして肝心かなめの社員は、営業のうっちー(@shochan946 )。「ボクはSNSはやりません!」オーラ全開のアシストのトップ営業です。

うっちーがお客様に提案する内容は、分かりやすく、的確で、先の先までよく考えてる。側で見ていて感じていました。あ、社員だからって自慢するワケじゃないですよ。一人の営業マンとしてそう思ってたんです。

アシストのホームページを作るにあたっては、日頃お客様の「こんなことできないかな?」の相談に乗っているプロとして、うっちーに打ち合わせのテーブルに一緒について欲しい。そして、あわよくば(笑)私と一緒に発信する人になって欲しい。そんな下心もありつつ、うっちーに「一緒にホームページ作成の打ち合わせに入ってくれる?」と聞いたら彼は快諾してくれました。

そのとき私が、心の中で舌を出して「やったー!」と言ったのは今だから書ける話です。

↓ 私の下心を知ってか知らずか、さおりんとの打ち合わせ中に、うっちーのSNSがスタート

アシストのホームページは「つながり空間」

2015年の夏、私はアシストの2階に「つながり空間まめ」を作りました。アシストとは切り離して、浅野葉子が個人で運営するフリースペースです。

社長に就任して以来、私だからこそ出来ることって何だろうって考え続けてきました。私だからこそ提供出来ること、私の価値、私の使命。考えるたびに頭に浮かぶのは、子供の頃に家族七人が集まって食事した大きなテーブルと全員の笑顔。

会社は一つのミッションを成し遂げるために集まって、お客様に何らかの価値を提供して、対価をいただく場所。私が自分の価値・使命として頭に浮かべるものと、会社・仕事って相反するんじゃないか?そう思いながら毎日を過ごしていた社長就任後の6、7年は苦しかったー

その時代を経ていま私がハッキリ言えるのは、他の人、他の会社がどうかなんて関係ない。この世に私は私しかいないのだから、私が思う、私に出来る会社作りをすればいい。私が大事に思う、人が集まって穏やかに会話する場を核にした会社づくりをしようということ。

ホームページもバーチャル・アシストとして「つながり空間」にしよう!

↓ 2018年元旦 2人きりでも会話がはずむ実家の食卓

次の世代に私が出来ること

私が社長になって10年以上経ちました。

自分の価値や使命が見えてきて、やっと社長業のスタート位置についた感じなんです。だから、まだまだ突っ走りますよ!

走りながらも次世代のことは常に頭にあるんです。

私が次世代に残せるもの、繋いでゆけるものは、人のつながり。そして両親や人生の先輩たちからもらったカタチの無い贈り物。贈り物の大部分は、やっぱり人のつながりですけどね。

今回作ったホームページやSNSを通じて、人のつながりが先代の浅野会長や私のところでプッツリ切れるんじゃなく、続いてゆく。そうして次の世代を担う社員の人生が豊かになってゆけばいいな。なんて事を考えながら、ホームページはひっそりと7月3日にオープンしました。→アシストのホームページ

まだまだ何もない部屋ですけれど、人が集まって会話が弾むきっかけになる場にしたいと思ってます。よかったら、ときどき覗きに来て下さいね。

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浅野葉子
1959年千葉県生れ札幌育ち。学校卒業後に事務員をするつもりで就職した会社でシステムエンジニア部門へ配属される。4年間のハードワークで精神と体を鍛えられつつ仕事の楽しさを知る。1985年結婚と同時に来た釧路で夫とアシストを開業。以来 『オフィスの仕事をもっと楽しく便利にするには?』 に知恵を絞る。 2014年アシスト内に 『葉子の部屋』 を、2015年アシスト2階に『つながり空間まめ』をオープン。テーブルを囲んでのお喋りから多くを学んだ子供時代の経験を仕事にも生かしたいと試行中。 絵を描くこと、モノを作ること、自然の中に体を放り込むことが好き。

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