残してあるから思い出せるんだよね

自分の顔写真、撮るのも・撮られるのも嫌じゃありません。親しい友達もSNSを楽しんでいる人ばかりだから、会えば写真を撮ったり・撮られたりが当たり前。お互いの写真を撮ることは、もう挨拶に近い。私の中ではそんな感覚になってます。

でも、写真を撮るのも・撮られるのも嫌いな人はモチロン居る。私の周りで言うと、年上の男性にそういう人が多い感じがします。

嫌いな理由を聞いてみたことは無いんですよ。嫌なものは嫌だ!ということなんでしょうからね。ただ…ちょっと残念だな~とは思うんです。

何故って…何も残らないし、きっと思い出せないから。

↓ このごろは撮るより撮ってもらう方が多い

記録があるから思い出せる

最近、フェイスブックで『 何年前の今日は〇〇でした 』っていう投稿をお友達がしているのを見かけます。画面に映し出される写真を見ていると、『 あぁ、アレからもう〇〇年が過ぎたんだ 』とか 『 あの日がキッカケでこう考えるようになったのよね 』と思い出します。

写真が行動のスイッチになって、その頃の自分のブログを読み返したり、過去のノートに目を通したり。すると、頭の中には当時の出来事がどんどん蘇ってくるんですよね~

↓ 一年前の今日はエクスマ女子会、スコットクラブでした

後からジワジワありがたみが出てくる

思えば、子どもの頃からよく写真を撮ってもらってたな~ 父はけっこう新し物好きで、写真や8ミリフィルムに我が家の出来事を記録し続けてました。どこかに出かけるとなれば必ずカメラ持参だし、家族が集まれば必ず撮影。

正直、子供の頃は『 また撮るの? 』って感じですよ。いちいち写真を撮られるのが面倒くさいと思ってた時期もあるんです。でもね、この年齢になってからは残してくれた写真も映像も宝物です。

↓ 今は私が撮る側になりました

自分がどんな環境で育ててもらったか、どんな経験をさせてもらったかを、言葉だけじゃなく映像で見せてもらえる。そこから自分の精神的なルーツを知ったり、家族との会話を弾ませられる。撮ってもらってた当時は価値にまったく気づいてなかったんですけれど…映像があるのと無いのとでは、伝わり方の深さが全然違う気がするんです。

今、毎日のように撮っている写真は何てこともない日常の一コマ。けれど、これから先何年か経った後には、その何てこともない写真から大事なものを思い出して何かに気付く…そんな気がします。

時はどんどん過ぎてゆくんですもん。今の自分を記録しておけば、後からきっと良かったと思えるんじゃないかな~ 人に見せなくてもいいから、記録として撮っておくってどうですか?

↓ 父が8ミリで撮ってくれた一歳くらいの私(音が出ます♪)

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浅野葉子
1959年千葉県生れ札幌育ち。事務員をするつもりで就職した会社でSE部門へ。精神と体を鍛えられつつ仕事の楽しさを知る。1986年、結婚を機に来た釧路で株式会社アシストを創業。以来 『仕事をもっと楽しくするには?』 に知恵を絞る。 2014年に 『葉子の部屋』 を、2015年に『つながり空間まめ』をアシスト内にオープン。テーブルを囲んでのお喋りから多くを学んだ子供時代の経験を仕事にも生かしたいと試行中。 絵を描くこと、モノを作ること、自然の中に体を放り込むことが好き。
浅野葉子

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