自分の歴史を振り返ると見えてくるものがある-その3

学校を卒業して社会に出ることになったとき、貴方はどんなふうに勤め先を選びました?

子どもの頃から憧れていた職業に就けるところ?

親と同じ仕事が出来るところ?

学校の先生がすすめてくれたところ?

どう選んだらいいか分からなくて、とにかく休みが多いところを選んだよって人もいるんじゃない?

就職氷河期で選ぶどころじゃなかったよ。とにかく就職出来るならどこでも良かったって人もいるよね、きっと。

私の場合は…事務職で働けて男性社員もそこそこいて、通勤に便利な会社。文房具が好きだから文房具関係の会社に入りたいな~って思ってました。

就職したら働いたお金を貯めて結婚資金にする。結婚相手は勤め先か取引先から見つける。働く期間の理想は5年。結婚が決まったら仕事はやめる。

就職は結婚相手を見つける手段だと考えていたワケじゃないけれど、会社は結婚前の限られた時間に貴重な経験をする場所だ。そんな風に考えてましたね。

結局、私が就職したのは事務機器販売会社。合併再編で今はもうリコージャパンになってしまったけど、当時は北海道リコー販売という名前の会社でした。

↓ 札幌の北10条にあった北海道リコー販売本社ビル

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モノサシが無いならやる方を選ぶ

事務機も文房具と同じで仕事を便利にするイメージ。きっと誰かに喜んでもらうような仕事なんだろな。そこの事務員てどんなことするんだろ。期待を胸に出社した私に告げられたのは衝撃の言葉でした!

あなたには新しく出来た部門で働いてもらいます。コンピュータ部門です。そこでソフトウェアに関わる仕事をしてもらいます。来週から3ケ月間、横浜で研修ですからね。

えーーーっ!ちょっと待って!!私、事務員じゃないの?それに…大きな声じゃ言えないけどソフトウェアって何なの?

この時20歳。大した人生経験も無い中で、この辞令をどう判断したらいいのか、私には全く分からなかった…

理数系というよりは文系の私がコンピュータ関係?それって無理っぽくない?配属を変えて下さいってお願いした方がいいのかな…それって許されるのかな。

↓ 電話横の8インチフロッピーが懐かしい

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結局、辞令をそのまま受けました。理由は、入社していきなり辞令拒否する勇気が無かった。うん、それも有り。もっと大きな理由は、自分の中に判断するだけのモノサシが無かったから。

モノサシが無いなら経験してモノサシを作ろう。せっかく機会をもらったんだもの。やらずに後悔するよりやろうよ!それで泣く目にあったっていいじゃん!!やったからこそ分かることがあるんだからって。

この時から37年経って思います。チャンスって、自分で努力して生み出してゆくモノもあるけど、思いがけず空から降ってくるようなモノもある。私の場合は圧倒的に後者が多いな。それは自分が欲しいと望んだモノじゃないけれど、掴めば自分の想像を超えた新しい世界、ワクワクする世界に繋がるんだよなって。

自分の前に思いもよらない役割が回ってきたときや新しい環境に立たされたとき。これってチャンスだって感じてコトに当たれば人生楽しい。

逆に、何でこうなるの?何で私が?ってばかり考えてると人生は楽しくならない気がするな~

↓ 4年3ケ月の経験は宝物

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自分が希望していたのとは全く違う仕事。システムエンジニアとプログラマーとインストラクターをミックスしたような仕事は4年3ケ月続けました。濃密でやりがいがあって楽しかった~ 悔し涙も流したし体力的にキツかったけど宝物みたいな時間だった。

結果としてそう思える時間になったのは、ある人の困りごとを解決して、困り顔が笑顔になる瞬間を見ることが出来る仕事だったから。

あの笑顔を見たら、それまでの苦労なんて一瞬でどこかに飛んでいっちゃうんですよ。笑顔は麻薬です(笑)

どんな種類の仕事に就くかも大事なんだろうけど、空から降ってきたみたいなチャンスの中で、何を大切にして事に当たるかが大事。大切にしてること、自分が嬉しいと感じるツボを自身が認識してるなら、種類に関係なく仕事に喜びは見い出せる。4年3ケ月の会社員時代が、この先に待っている沢山の岐路で、私が判断するときのモノサシを作ってくれました。

楽しさって自分の心の感じ方ですもんね。楽しくないことの理由を、自分の外に求めていても、眉間のシワは消えません!

あ、もうかなり遅い時間なので今宵はここまで。今日もありがとうございます。まだもう少し続けるつもりなので、良かったらまたお付き合いね。では、おやすみなさい。

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浅野葉子

浅野葉子

代表取締役株式会社アシスト
1959年千葉県生れ札幌育ち。学校卒業後に事務員をするつもりで就職した会社でシステムエンジニア部門へ配属される。4年間のハードワークで精神と体を鍛えられつつ仕事の楽しさを知る。1985年結婚と同時に来た釧路で夫とアシストを開業。以来 『オフィスの仕事をもっと楽しく便利にするには?』 に知恵を絞る。 2014年アシスト内に 『葉子の部屋』 を、2015年アシスト2階に『つながり空間まめ』をオープン。テーブルを囲んでのお喋りから多くを学んだ子供時代の経験を仕事にも生かしたいと試行中。 絵を描くこと、モノを作ること、自然の中に体を放り込むことが好き。
浅野葉子

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